中世馬事情(五) 馬上槍試合

馬上槍試合は11世紀に競技および軍事訓練の機会として始まった。

通常混戦の形態をとり、参加者は騎馬、戦闘用の甲冑と武具を用いた。

※上記の混戦形態とは、トゥルネイ(集団戦)と呼ばれる形式で、本来の形式となる。二組に分かれた騎士がそれぞれ横一列に並んで突撃を行い、落馬せずに残った者が反転して再度突撃、最終的に乱戦となる形式。

一方、ジョスト(一騎打ち)と呼ばれる形式は、競技の一部ではあったが主要競技ではなく、前座扱いであった。ただし、のちにジョストの方に人気が集まる様になる。

ジョスト

ジョストは15世紀までに派生し、チルト(ランスで相手を落馬させる)の技術は洗練された。

戦争における騎士の役割の変化のためと考えられるが、のちに馬上槍試合は擬似戦争の意味合いが薄れ、専門化・興行化した。

馬はジョストのために特別に育成され、重装甲が開発された。しかし、このことは特に馬の大型化にはつながらなかった。

リーズの王立武器博物館では、特別に飼育された馬と、甲冑の複製を用い、ジョストの再現が実演されている。それらの馬では、中世の騎馬が正確に再現されており、小型にまとめられていて特に体高は高くない。

(六)へ続く
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