中世馬事情(三) 馬の種類

中世という時代、馬の品種はほとんど考慮されず、代わりに用途や物理的な属性によって定義されていた。

それら定義の多くは、正確でないか、または似通ったものであった。

13世紀以前、いくつかの血統が記録されていたが、中世の馬のための用語は、私たちが今日知る品種というものとは似通っておらず、むしろ外観や目的の説明となっていた。

中世の馬の、もっとも有名なものの一つがデストライア種であり、その能力から、戦争において名を挙げて賞賛を得た。

デストライア種は十分に訓練され、強さと速さ、敏捷さを要求された。14世紀の作家はそれらを”背が高く、壮大で巨大な力を持つ”と表現した。

現代の文献では、デストライア種はその体格と盛名ゆえ、しばしば”巨大馬”と呼ばれてきた。

主観的な表現であるため、実際の体高や重量に関する確かな情報とはならないが、当時の平均的な馬が122~142cmであることから、中世の基準での”巨大馬”は現代の目から見ると小さく映るだろう。

デストライア種は、騎士や重騎兵により珍重されたが、実際のところ日常用には適せず、もっぱら馬上槍試合に適していたと思われる。

コルセア種(駿馬)は、軽量で高速かつ力強かったため、厳しい戦いには一般的に適していた。

コルセア種自体も高価ではあったが、デストライア種ほどではなかった。コルセア種はまた狩猟にもしばしば用いられた。

より一般的な用途の馬は、戦闘用に調教することも、乗用に確保することもできたラウンシー種であった。

ラウンシー種は通常、従士や重装騎兵または貧乏騎士により用いられた。裕福な騎士となると自分の従者のためにラウンシー種を保有した。

時には予想される戦闘の性質が馬の選択を決定した。

1327年、イングランドで戦争への召喚状が発行された際、迅速な追撃のため、デストライア種ではなくラウンシー種の使用を明確に要求していた。ラウンシー種はしばしば荷馬としても使われた(決して馬車馬としてではなく)

良血のポールフリー種は、価格の面においてデストライア種に匹敵したが、貴族や高位の騎士の騎乗用、狩猟用、儀礼用に好まれた。

スムーズな歩様は、乗り手が比較的快適に素早く長距離を騎乗出来るため、アンブル(馬が片側の両脚を同時に上げて 4 拍子で進む歩き方)はポールフリーの望ましい特性であった。

他の馬種には、バルブ種と、アラブ種血統由来でスペインの小型馬の最初の品種であるジェネット種が含まれた。

それらは温和で信頼できる性質と、適度な体格から女性の騎乗用として好まれた。しかしながらそれらはスペイン人によって騎馬用としても用いられた。

ホビー種は、体高132~142cm程の軽量馬であり、アイルランドで開発されたスペインまたはリビヤ(バルブ)血統由来の種であった。迅速で機動的なこの馬種は散兵に重宝され、しばしばホビラーとして知られる軽騎兵により用いられた。

ホビー種はスコットランド独立戦争中、両陣営で盛んに用いられ、エドワード一世はアイルランドのスコットランド向け馬輸出を禁止することで優位を得ようとした。

ロバート・ブルースはゲリラ戦用にホビー種を採用し、一日に60~70マイルを移動して騎兵奇襲を行った。

(四)へ続く
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