ラトランド公爵
Duke of Rutland

現公爵は十一代デイビッド・チャールズ・ロバート・マナーズ、従属称号としてグランビー侯爵、ラトランド伯爵、カウンティ・オブ・ダービーのハッドンのマナーズ男爵、カウンティ・オブ・レスターのベルボアのベルボアのロス男爵を有する。

1703年長年ホイッグ党員として活動、レスターシャー統監を務めた第九代ラトランド伯ジョン・マナーズにより創設。

三代公爵の子のグランビー侯爵(儀礼称号)ジョン・マナーズは七年戦争で指揮官として軍務に就き、不屈の軍人としてまた当時の有名人であった。

1760年のウォーバーグの戦いにおいてジョンはフランスへ向かう街道で騎兵突撃を指揮したがその最中に帽子とカツラを失くしてしまった。

これが知れ渡り、ブルーズ・アンド・ロイヤルズ連隊(彼が指揮した部隊)の兵士には、英国陸軍内においては帽子をとったまま敬礼することができるというユニークな特権が認められるようになった。

また、突撃中にカツラと兜を失くしたグランビー侯爵の逸話は後に’go(ing) bald-headed at[for] ~’(~へがむしゃらにぶつかってゆく)という言い回しとして使われる様になった。

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