1398年、スコットランド王ロバート三世が、兄弟のロバート二世の第三子ロバート・スチュワートに叙爵したのが始まり。
”オルバニー”は、フォース川の北部、古のピクト人の王国にほぼ該当する、スコットランドの広い範囲を表す言葉である。
ロスシー公とともに、スコットランド初となるこの公爵位は、二代公爵による反乱のため、1425年に剥奪された。
1457(1458?)年、アレクサンダー・スチュワートにより再度創設されたが、1483年に剥奪された。
その子ジョン・スチュワートが、1515年に再興したが継承者なく、1536年にジョンが死去、断絶した。
1541年、スコットランド王ジェームズ五世の第二子ロバートにより再度創設されたが、生後一カ月ほどでロバートが死去し断絶。
1565年、メアリ女王の王配ダーンリー卿により創設され、その子ジェームズ(のちのジェームズ六世/一世の父)が父の死により継承したが、1567年ジェームズの即位により王冠にマージされた。
1604年、ジェームズ六世/一世の子チャールズに、ヨーク公爵位とともに叙爵され、以降伝統的にこの二つの爵位は抱き合わせで叙爵されるようになった。
1625年にチャールズが即位すると、爵位は再び王冠にマージされた。
1660年、チャールズ一世の子ジェームズにより創設。 ジェームズは、兄を継いで1685年に即位したため、再度爵位は王冠にマージされた。 その後、ヨーク・オルバニー公爵位(複合爵位名)の創設は三度行われた。
1881年、ヴィクトリア女王の第四子レオポルド王子により創設された。
レオポルド王子の子で、1900年にサクス-コバーグ・ゴータ公を継承したチャールズ・エドワード王子は、第一次世界大戦において連合王国に敵対したため、1919年に爵位を停止された。
1917年の称号剥奪法(「敵国の貴族身分と英国王族身位と称号の剥奪についての法律」)では、称号を剥奪された公爵の適法な継承者による再興の請願を認めている(オルバニー公爵位の継承者にその請願を行った者はいないけれども。)
男系直系子孫で現在の称号請求権者は、二代公爵の曽孫(長男の孫)であるザクセン-コバーク・ゴータ大公ヒューベルタス・アレクシス・リチャード・アーネスト・エドワードである。